幽景写譜 第3話 足元から始まる旅
水が流れる音には、言葉がない。
けれど、いつの時代も、人はその音を「道しるべ」として聴いてきた。
山に降った雨は、小さな流れとなり、
いくつもの川と合流しながら、やがて海へ向かう。
流れは変わっても、流れているということ自体は、ずっと変わらない。
それは、時を越えて続いてきた、静かな祈りのかたちなのかもしれない。
「川って、止まってるように見えるけど、
ちゃんと前に進んでるんだよね…」
ちゃんと前に進んでるんだよね…」

渡る手前で、立ち止まる
向こう岸まで歩いて渡れそうな、小さな川。
浅瀬の石が、水の中に点々と並んでいる。
靴を脱いで渡ることもできるけれど、
なぜか、すぐに渡ろうとは思わなかった。
川のせせらぎが、足元にやさしく響いてくる。
その音に耳を澄ますと、どこか遠くへ続いているような気がした。
この流れは、どこへゆく
この小川も、たぶん山の奥で生まれて、
いくつもの流れと合わさって、
やがては、大きな川になって、海へ向かっている。
遠く見れば、壮大な旅の途中。
でも、今この場所では、ただ静かに水が動いているだけ。
人が気づこうと気づくまいと、
水はずっと昔から、同じように流れ続けていた。
いま、ここから始まる
足元の石に、そっと足を乗せてみる。
水の冷たさと、石のぬくもりが伝わってくる。
何も変わらないように見える景色の中で、
自分の中の何かが、そっと動き出している。
たとえわずかでも、
その一歩が、自分だけの旅のはじまりになる──
そんな気がしていた。
「流れは、いつも“いま”から始まってるんだよね」