ナビゲーター:Gen & Ritchi(神社ログ編集部)
ことのは帳 第1話|まほろば
── こころが帰りたくなる、やさしい場所 ──
「ねぇ、ココロ。“まほろば”って、聞いたことある?」
風にそよぐ草の匂いを感じながら、ハッチは立ち止まってそう言った。見上げれば、青空のすき間にやわらかな雲。すぐそばで浮かんでいたココロが、ふわりと笑った。
「うん、あるよ。“しずかで、やさしいところ”って感じ。」
■ まほろばという言葉
「まほろば」とは、古代日本語で「すばらしい場所」「理想の地」を意味する美しい日本語のひとつです。
語源は『日本書紀』にあり、「倭は国のまほろば」と詠まれた一節に、初めて登場します。大和の地(現在の奈良県あたり)を、美しく、実り豊かで、守られた土地と讃えた表現でした。
「まほろば」は、漢字で書かれることは少なく、音の響きそのものが意味を運ぶ言葉。語源には「ま(真)」+「ほ(秀)」+「ろ(接尾語)」+「ば(場所)」という説もありますが、その柔らかな響きは、まるで風のなかに消えていく祈りのようです。
■ “場所”ではなく、“感覚”としてのまほろば
時代が移っても、「まほろば」は心に生きています。
遠く離れた場所にある理想郷ではなく、ふとした瞬間に感じる安心やぬくもりの中に、そっとその気配が息づいているのです。
たとえば――
- 旅の途中で出会った、誰もいない神社の境内。
- 誰かのために結ばれた、小さな絵馬の言葉。
- 風に揺れる鈴の音。
- そして、ただそこにいるだけで、心がすうっと軽くなるような静けさ。
それは、「ここにいたい」と思える感覚。
それこそが、「まほろば」なのだと、ハッチは思いました。

■ ハッチとココロの会話
「“まほろば”って、地図には載ってないんだね」
「うん。心が“ここがいいな”って感じる場所が、そうなんだと思う」
「神社って、そんな場所だよね。…静かで、やさしくて。」
「わたしもそう思う。たぶん、そこにいる“人の願い”の気配が、場所をまほろばにしてるの。」
■ しめくくりのことのは
まほろば──それは、過去でも未来でもない、「いま・ここ」に訪れる静かな奇跡。
場所ではなく、感覚としての居場所。
どこか遠くへ行かなくても、心が安らげる空間は、きっとすぐそばにある。
風がそっと吹いた。
ハッチは目を閉じて、静かに一礼した。